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ピンクのダリア

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 今週初めは鹿児島にいた。東京から来た人間は、かなり警戒されているような気がした。そのせいというわけでもないが、1人で街中を歩いた。マルヤガーデンにも久々に行った。平日の午前中だから人がいないのは当然かもしれないが、ひと際元気がないように思った。もっとも全国的にデパート、スーパーは売り上げ減、コンビニまでが最近苦戦しているらしい。その一方で、天文館には巨大な建物が建設中だった。アーケード内タカプラから永田シロアリまでの再開発である。  桜島の噴火がゆっくり昇っていった。晴天、無風。ダリアは復活して久しいが、ピンクのダリアまであるようだ。鹿児島の花屋にあった。 (2021.4.21)

都忘れ

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花屋の都忘れ  近くの花屋で濃い青というか、やや紫がかった色の花を見た。花の名は「都忘れ」(ミヤコワスレ)。はるかむかし、この名前を聞いて心に残った。13世紀に島流しにあった順徳上皇は、この花を見て都への思いを束の間忘れたという。流された島は佐渡島であった。 東京錦糸町のソメイヨシノ  ソメイヨシノは、東京染井の植木屋が幕末につくった品種である。  ソメイは地名から、吉野は当時の桜の名所だった奈良県吉野山から取ったのだろう。江戸彼岸と大島桜を掛け合わせてつくった。この説は、1916(大正5)年珍しい植物を求めて日本全国を渉猟したアメリカの植物学者A・H・ウイルソンも唱えた。彼はもちろん屋久島ウイルソン株の発見者である。  今年の東京のサクラは開花が早く、もう散り始めた。鹿児島甲突川のソメイヨシノは少し遅いというから、これから満開だろうか。 (2021.4.1)

歩行者天国

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 2月初め、丸の内まで出かけた。東京駅を出て皇居側の一帯である。この辺りに来たのは久しぶりで、少し歩いてみた。寒さはそれほどでもなかったが、小雨でさすがに人は少ない。一角が歩行者天国になっていて屋台の車が2台いた。  歩行者天国は全国あちこちにあり、銀座が規模も大きく有名である。始まったのは、たしか北海道旭川市の駅前通りだったと思う。当時は買物公園という名前ではなかっただろうか。昭和40年代、モータリゼーションが本格化していた頃だったから、車を排除した駅前通りという発想は斬新だった。かなり評判になり、全国的に展開していった。歩道橋が整備され出したのは、その少し前の昭和30年代後半からだった。これは車優先思想が覆い難い。  ところで、鹿児島には歩行者天国はあっただろうか。おはら祭りでは車も電車も止めていたが。 (2021.2.4)

大晦日

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 季節のない1年だった。せめて大晦日ぐらいはと、近所の蕎麦屋へ行った。年越しそばの出前がないのは、今年だからだろうか。昼過ぎ、早めに出かけたが、似たような人間はいるものでそれなりの入りだった。テイクアウトの張り紙があった。今年は自宅派が多いだろうから、もう少し遅く買いに来るのかもしれない。  12月27日は日光の友人との食事会に出かけた。池袋駅から東武日光駅まで2時間足らず、特急電車だがさすがに客は少ない。  日光市街地でも標高600メートル近く、奥日光の湯元地区は1600メートルある。駐車場で雪に埋もれた車を見かけた。一晩でそうなるらしい。下りて日光市の金谷ホテルでコーヒー。この明治6年開業のリゾートホテルにはイザベラ・バードも滞在したという。昔読んだ日本奥地紀行によれば、湯元まで馬で行ったようだ。小柄で体の弱い女性だったというが、英国人の気質なのか大航海時代の名残りなのか、おそるべき行動力である。 (2021.1.1)

柿の実

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 赤い柿の実を見ると嬉しい気分になる。柿は常緑広葉樹で、北海道にはない。初めて北海道を出て京都に住んだときには、季節感が微妙にずれて面食らった。北海道は一斉に葉が落ちて、やがて冬が来る。  阿蘇時代、一念発起して干し柿づくりに挑戦した。なんとか出来上がって、ごく親しい人たちに配った。  朝日新聞の友人にも送った。しばらく経ったある日、天声人語に私が書いた添え書きの文章を発見して驚いた。  いわく、 「当家謹製干し柿 11月中旬に仕入れた阿蘇産渋柿を、1つ1つ丹念に皮をむき、熱湯をくぐらせ、軒下に吊し、天日に干すこと4週間余、根子岳おろしの寒風にさらされ、ほど良く仕上がったと自負しております。お茶請けに、または酒の肴に、田舎の暮らしを思い描きつつお召し上がりいただければ幸いでございます。心を食え!主人敬白」  どうも、酔った勢いで書いた気配である。 (2020.12.07)

観覧車

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 錦糸町に月2,3回行く。東京のこの地域は最近開発の波が及んで、早晩様変わりすると思われる。駅近に映画館がある。昔というか戦後の一時期までは映画のメッカだったようだ。  十数年前に初めて来たときには、風俗店がやたら多く昼からネオンが煌々としていた。それもかなり整理されつつあるようだ。もっともここ数年の「事件」、オリンピック・バトミントン選手のカジノ問題、横綱日馬富士のカラオケ店殴打騒ぎなどは、すべて錦糸町界隈で起きているのだが。駅周辺が整備され地価が上昇し始めると風俗関係ではリスクが大きすぎるのか、その手の店は徐々に駆逐されていくようである。  鹿児島中央駅も新幹線開通と駅ビルの改築で、あっという間に市の中心地となった。駅舎上の観覧車は、夜にはネオンが点き絵になる。できた当初はすぐにも取り壊すような話だったが、いまのところそうした動きはないようだ。 (2020.11.14)

さつまの底ぢから

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 コロナ、少しは落ち着いてきたたようである。しかし冬は、インフルエンザとのダブルパンチ説もあってなかなか先が見えない。アメリカなどと比べると、日本は感染者、死者とも驚くほど少ない。しかしテレビに出てくる専門家、政府関係者は、この間の事情について明快な説明をしてくれない。国や東京都の対応は依然として迷走気味である。自宅近くの小さな飲み屋やお好焼き屋は、いつの間にかひっそり閉店してしまったようだ。  一方、居酒屋などのいくつかは独自の対策を始めたようだ。昼から歌が聞こえてきたカラオケスナックは、昼弁当を売りにし始め、駅前の焼鳥屋はテイクアウトを前面に打ち出した。  鹿児島市は天文館でクラスターが一度出た。その後収まったかに見えたが、最近また新しいクラスターが発見されたようだ。ただでさえ地盤沈下が囁かれている天文館である。この辺でひそかに培ってきた薩摩の「知恵と底ぢから」を見せてほしい。 (2020.10.4)

猛暑日

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 暑い。東京は、遅い梅雨が明けて以来連日猛暑日である。夜は当然熱帯夜だ。街を歩くと、男はTシャツ、バーミューダというのか七分丈のパンツ姿、女性も半袖短めのスカート、あるいは短パンにサンダルである。派手めの色と柄で、ここは東南アジアの町中かと思うぐらいだ。おまけにコロナ・マスク着用だから、むしろ未来都市のイメージかな。  20年前、阿蘇のカルデラの底にいた。底といっても標高5,6百メートルはあるから、夏でも涼しい。  九州はどこも暑いが、県庁所在地では熊本市がもっとも夏の気温が高いようだ。さらに南の鹿児島市の方がむしろ低い。どちらも海に面した街だが、地形が微妙に違うのだろうか。ちなみに、鹿児島市から130キロ南の屋久島は、夏でも山から涼しい風が下りてくる。本土よりずっと暮らしやすい。  (2020.8.11)

都知事選

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 都知事選がはじまった。コロナ騒ぎで、何となくかすんでしまったが。東京は人口1千4百万人と巨大で、そもそも政治との距離が遠い。そのせいか、最近はテレビによく出る有名人が当選しているようだ。鹿児島など地方との違いはこの辺にもある。知事ならまだしも、都議会議員、区議会議員になると顔をみたこともない。  自民党の総裁選で候補者が全国を回り、鹿児島にも来た。中央駅前で候補者が演説をした。このときは麻生太郎が勝って首相になった。いまから12年前のことである。  都知事選と鹿児島県知事選は4年前も7月だった。小池百合子は「都議会自民党・闇の権力」を攻撃して人気を得たが、今度は自民、公明が支持らしい。鹿児島の知事も「反原発」が売りだったが、いまはどうなってるんだろう。君子豹変というが、豹変し過ぎかも。  (2020.7.5)

幻の和食展

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 上野の科学博物館に行った。コロナ真っ盛りで、当然博物館も休館中である。通用口から手を消毒し検温して入り、館長と会った。ちょうど和食展の準備が完成したところであった。展示にはおそらく億単位の金がかかっただろうが、休館中ではどうしようもない。テーマがいいから、人気の特別展になったに違いない。じつに残念である。しかし、幸運にも館長の案内で無人の和食展を見ることができた。  卑弥呼の食卓という展示があった。野菜入りの炊き込みご飯、真鯛の塩焼き、煮物などが並ぶ。弥生時代といえども、さすがに女王の食事は豪華である。  大根は和食と相性がよく、日本の品種は世界でもっとも多様だという。しかし元々は古代エジプトに栽培記録があり、日本に入ったのは3世紀頃らしい。 (2020.6.13)