投稿

天文館改造中

イメージ
 永田シロアリビルがなくなった。天文館変革の象徴かもしれない。最初の大きな変化は三越の撤退と、2010年のマルヤガーデンズの開業だった。11年前のことである。  30年前に鹿児島県庁に来た。赴任して1か月たった頃だったか、課で飲み会という話になった。いまの県庁(鴨池新町)ではなく古い方の県庁(山下町)ですね。待ち合わせ場所が「ナガタシロアリ前」だという。意味がわからない。「ナガタ?」「シロアリ??」。行って初めてわかったが、天文館の真ん中一等地に巨大なシロアリがいた。不気味だった。  現在この一帯が大工事中で、シロアリビルもなくなった。令和3年5月末現在、二十階以上ありそうなビルが建設中である。シロアリビルの前にあった林田ホテルはなくなって久しい。いまは駐車場である。 (2021.5.30)   ありし日の永田シロアリ 天文館大工事

居酒屋 屋久島

イメージ
 池袋に行った。緊急事態宣言延長後、1軒ぐらいは闘う店、飲ませる店があるかもしれない。歩いてみたが。さすがに表通りにはないですね。代わりに居酒屋「屋久島」を発見した。2000べろと看板にある。2000円でべろべろになるまで飲めるということだろうか。残念ながら休店中だった。  東京都知事は、コンビニで酒を売るなとまで言い出した。コンビニ前で若者がたむろして飲むということらしい。本気なのか、得意のパフォーマンスなのかは不明。この人は、県を越えて東京に来るなとまで言い始めたからなぁ。  東京は、通勤通学、買い物、仕事その他、隣県の埼玉、千葉、神奈川から毎日大量に人が来る。というか、1都3県は東京圏として一体不可分の関係だ。自宅から山手線でひと駅の池袋などは、歩いている人の大部分が埼玉県民ではないかと思うほどである。 池袋西口 居酒屋「屋久島」 池袋はあちこちにフクロウがいる 写真は池袋西口駅前のフクロウ

ピンクのダリア

イメージ
 今週初めは鹿児島にいた。東京から来た人間は、かなり警戒されているような気がした。そのせいというわけでもないが、1人で街中を歩いた。マルヤガーデンにも久々に行った。平日の午前中だから人がいないのは当然かもしれないが、ひと際元気がないように思った。もっとも全国的にデパート、スーパーは売り上げ減、コンビニまでが最近苦戦しているらしい。その一方で、天文館には巨大な建物が建設中だった。アーケード内タカプラから永田シロアリまでの再開発である。  桜島の噴火がゆっくり昇っていった。晴天、無風。ダリアは復活して久しいが、ピンクのダリアまであるようだ。鹿児島の花屋にあった。 (2021.4.21)

都忘れ

イメージ
花屋の都忘れ  近くの花屋で濃い青というか、やや紫がかった色の花を見た。花の名は「都忘れ」(ミヤコワスレ)。はるかむかし、この名前を聞いて心に残った。13世紀に島流しにあった順徳上皇は、この花を見て都への思いを束の間忘れたという。流された島は佐渡島であった。 東京錦糸町のソメイヨシノ  ソメイヨシノは、東京染井の植木屋が幕末につくった品種である。  ソメイは地名から、吉野は当時の桜の名所だった奈良県吉野山から取ったのだろう。江戸彼岸と大島桜を掛け合わせてつくった。この説は、1916(大正5)年珍しい植物を求めて日本全国を渉猟したアメリカの植物学者A・H・ウイルソンも唱えた。彼はもちろん屋久島ウイルソン株の発見者である。  今年の東京のサクラは開花が早く、もう散り始めた。鹿児島甲突川のソメイヨシノは少し遅いというから、これから満開だろうか。 (2021.4.1)

歩行者天国

イメージ
 2月初め、丸の内まで出かけた。東京駅を出て皇居側の一帯である。この辺りに来たのは久しぶりで、少し歩いてみた。寒さはそれほどでもなかったが、小雨でさすがに人は少ない。一角が歩行者天国になっていて屋台の車が2台いた。  歩行者天国は全国あちこちにあり、銀座が規模も大きく有名である。始まったのは、たしか北海道旭川市の駅前通りだったと思う。当時は買物公園という名前ではなかっただろうか。昭和40年代、モータリゼーションが本格化していた頃だったから、車を排除した駅前通りという発想は斬新だった。かなり評判になり、全国的に展開していった。歩道橋が整備され出したのは、その少し前の昭和30年代後半からだった。これは車優先思想が覆い難い。  ところで、鹿児島には歩行者天国はあっただろうか。おはら祭りでは車も電車も止めていたが。 (2021.2.4)

大晦日

イメージ
 季節のない1年だった。せめて大晦日ぐらいはと、近所の蕎麦屋へ行った。年越しそばの出前がないのは、今年だからだろうか。昼過ぎ、早めに出かけたが、似たような人間はいるものでそれなりの入りだった。テイクアウトの張り紙があった。今年は自宅派が多いだろうから、もう少し遅く買いに来るのかもしれない。  12月27日は日光の友人との食事会に出かけた。池袋駅から東武日光駅まで2時間足らず、特急電車だがさすがに客は少ない。  日光市街地でも標高600メートル近く、奥日光の湯元地区は1600メートルある。駐車場で雪に埋もれた車を見かけた。一晩でそうなるらしい。下りて日光市の金谷ホテルでコーヒー。この明治6年開業のリゾートホテルにはイザベラ・バードも滞在したという。昔読んだ日本奥地紀行によれば、湯元まで馬で行ったようだ。小柄で体の弱い女性だったというが、英国人の気質なのか大航海時代の名残りなのか、おそるべき行動力である。 (2021.1.1)

柿の実

イメージ
 赤い柿の実を見ると嬉しい気分になる。柿は常緑広葉樹で、北海道にはない。初めて北海道を出て京都に住んだときには、季節感が微妙にずれて面食らった。北海道は一斉に葉が落ちて、やがて冬が来る。  阿蘇時代、一念発起して干し柿づくりに挑戦した。なんとか出来上がって、ごく親しい人たちに配った。  朝日新聞の友人にも送った。しばらく経ったある日、天声人語に私が書いた添え書きの文章を発見して驚いた。  いわく、 「当家謹製干し柿 11月中旬に仕入れた阿蘇産渋柿を、1つ1つ丹念に皮をむき、熱湯をくぐらせ、軒下に吊し、天日に干すこと4週間余、根子岳おろしの寒風にさらされ、ほど良く仕上がったと自負しております。お茶請けに、または酒の肴に、田舎の暮らしを思い描きつつお召し上がりいただければ幸いでございます。心を食え!主人敬白」  どうも、酔った勢いで書いた気配である。 (2020.12.07)

観覧車

イメージ
 錦糸町に月2,3回行く。東京のこの地域は最近開発の波が及んで、早晩様変わりすると思われる。駅近に映画館がある。昔というか戦後の一時期までは映画のメッカだったようだ。  十数年前に初めて来たときには、風俗店がやたら多く昼からネオンが煌々としていた。それもかなり整理されつつあるようだ。もっともここ数年の「事件」、オリンピック・バトミントン選手のカジノ問題、横綱日馬富士のカラオケ店殴打騒ぎなどは、すべて錦糸町界隈で起きているのだが。駅周辺が整備され地価が上昇し始めると風俗関係ではリスクが大きすぎるのか、その手の店は徐々に駆逐されていくようである。  鹿児島中央駅も新幹線開通と駅ビルの改築で、あっという間に市の中心地となった。駅舎上の観覧車は、夜にはネオンが点き絵になる。できた当初はすぐにも取り壊すような話だったが、いまのところそうした動きはないようだ。 (2020.11.14)

さつまの底ぢから

イメージ
 コロナ、少しは落ち着いてきたたようである。しかし冬は、インフルエンザとのダブルパンチ説もあってなかなか先が見えない。アメリカなどと比べると、日本は感染者、死者とも驚くほど少ない。しかしテレビに出てくる専門家、政府関係者は、この間の事情について明快な説明をしてくれない。国や東京都の対応は依然として迷走気味である。自宅近くの小さな飲み屋やお好焼き屋は、いつの間にかひっそり閉店してしまったようだ。  一方、居酒屋などのいくつかは独自の対策を始めたようだ。昼から歌が聞こえてきたカラオケスナックは、昼弁当を売りにし始め、駅前の焼鳥屋はテイクアウトを前面に打ち出した。  鹿児島市は天文館でクラスターが一度出た。その後収まったかに見えたが、最近また新しいクラスターが発見されたようだ。ただでさえ地盤沈下が囁かれている天文館である。この辺でひそかに培ってきた薩摩の「知恵と底ぢから」を見せてほしい。 (2020.10.4)

猛暑日

イメージ
 暑い。東京は、遅い梅雨が明けて以来連日猛暑日である。夜は当然熱帯夜だ。街を歩くと、男はTシャツ、バーミューダというのか七分丈のパンツ姿、女性も半袖短めのスカート、あるいは短パンにサンダルである。派手めの色と柄で、ここは東南アジアの町中かと思うぐらいだ。おまけにコロナ・マスク着用だから、むしろ未来都市のイメージかな。  20年前、阿蘇のカルデラの底にいた。底といっても標高5,6百メートルはあるから、夏でも涼しい。  九州はどこも暑いが、県庁所在地では熊本市がもっとも夏の気温が高いようだ。さらに南の鹿児島市の方がむしろ低い。どちらも海に面した街だが、地形が微妙に違うのだろうか。ちなみに、鹿児島市から130キロ南の屋久島は、夏でも山から涼しい風が下りてくる。本土よりずっと暮らしやすい。  (2020.8.11)