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コロナ騒動

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 収まるどころか長期化必至ですね、コロナ騒ぎ。鹿児島はどうなんだろう。マスコミとくにテレビは、これ以外ないのかというぐらい連日連夜の報道。また安倍官邸が右往左往するから報道し甲斐もあるのか。  非常事態宣言7府県から全国47都道府県へ、1世帯30万円から1人10万円配布へ。ただでさえ、コロナ・ウイルスが正体不明で不安なのに、国のトップがこう朝令暮改では、国民も浮足立つ。  自宅近く、大塚駅界隈を観察するに、①連休明けの5月6日まで休業、②時短で対応、テイクアウト開始、③しぶとく営業、の3パターンがあるようだ。全国チェーン店は休業が多く(スタバが典型)、個人営業の古い店は頑張る(頑張らざるを得ない)。  ティッシュ、トイレットペーパーなど、紙不足は収まってきたようだが、マスクはまだのようだ。接触感染が主だとすると、マスクより手袋が有効だと思うが、街の風景はマスクが断然優勢である。ちなみに、アベノマスクはまだわが家に届いてない。 (2020.4.23)

並ぶ人

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 大塚駅近くに、おにぎり屋「ぼんご」という店がある。人気があるようで、土曜の昼などは店の外に行列ができている。カウンターだけの、小さなおにぎりの専門店である。  テレビかインターネットで紹介されたのか、ここのところ並ぶ数が尋常じゃなくなってきた。先日は100人ぐらい並んでいて、さすがに驚いた。最長不倒記録である。やはり、土曜日がとくに多いようだ。  並んでまで食べたがるのは、東京の特徴かもしれない。あるいは若者文化か。大阪は並ぶイメージがない。九州もあまりない感じがするし、鹿児島はさらにない。最近は天文館あたりにあるのかも知れないが。薩摩は、「黙って食え!」という文化じゃないかな。 (2020.4.4)

おもてなし

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 急用で札幌へ行った。例のコロナ騒ぎでどこもガラガラだった。飛行機も空いていたし、千歳空港から札幌へのJR電車も悠々と座れた。繁華街ススキノにも人がいない。出かけた先でタクシーを拾おうと思ったが、まるで来ない。さすがに冬の札幌は寒い。偶然、路線バスが通りかかったので乗った。  不慣れな街で不安なのは、バスや路面電車の支払いである。いくらなのか勿論知らないし、小銭の持ち合わせがあるかも心配である。車内を見回すと、どうやらICカードが使えるようだ。札幌の地下鉄も、昔は東京で使っているスイカには対応しなかった。数年前にスイカ対応が実現し、たいへん楽になった。  いまや全国的にICカード共通化が進んでいる。九州ももちろんそうだ。九州各県の路面電車や路線バスはすべてそうなっているらしい。なぜか鹿児島だけが違う。鹿児島は観光に熱心であるにもかかわらず、このサービスはやろうとしていない。観光宣伝も大事であるが、こういう基礎的なサービスこそ「おもてなし」だろう。 (2020.3.9)

メジロが来た

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 年明け早々、1月4日の大塚にメジロがいた。自宅近くの庭の木を例によって忙しく飛び回っている。今年はとくに早いようだ。  メジロは、雀よりやや小さく灰緑色の鳥で花の蜜を好む。ウグイスそっくりの色と姿である。ウグイスは警戒心が強く声だけでなかなか姿を見せることはないが、メジロは人里近くによく現れ、高く澄んだ声で鳴く。作家の内田百閒は鳥好きで、飼って鳴き声を楽しんでいたと読んだ記憶がある。  鹿児島大学では、研究室横の新芽が出たばかりのケヤキ木や、本部前の緋寒桜によく来ていた。緋寒桜は2月初旬だっただろうか。  2月の15日は奄美大島にいた。名瀬から空港への道沿い、早咲きのサクラの大木にメジロが7,8羽、鳴きながら花から花へ飛びまわっている。 (2020.2.17)

いい間違い

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写真、1つ目は東京・錦糸町にあった看板。錦糸町は東京では有名な歓楽街である。「ロンリー・ウーマン」はキャバクラのたぐいだと思われる。この地域は多国籍化が激しいが、「Lonely」を「Ronly」にしているのは、英語圏の経営者ではないせいかもしれない。 「RIFORM」は豊島区大塚の私の自宅近く。住宅改造専門の事務所のようです。これは「REFORM」のことでしょう。 むかし、コピーライターの糸井重里は「いいまつがい」という本を出したことがあったような記憶がある。読んでないが、この手の勘違いを集めたものだろう(たぶん)。 歌謡曲などでも間違って聞いていたことが、しばらく後で判明することがある。「あげてよかった」を「あげてよ、カッター(シャツ)」だと長い間思っていた。向田邦子に「眠る盃」というエッセイがあるが、これは「めぐる盃、かげさして」(荒城の月)の聞き間違いのことだった。少女時代の思い出だから、鹿児島にいた頃かもしれない。 (2019.12.26)

バナナのたたき売り

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 スーパーなどでバナナ売り場を見ると、あまりの安さに驚く。なぜこんなに安いのだろうか。子供のころは高級品で、そうそう食べられるものではなかったような記憶がある。運動会とか遠足とか、やや特別な時に食べた。 門司にバナナのたたき売り発祥の地という石柱があった。明治時代にはすでに台湾からの輸入が始まっていたが、たたき売りは大正時代からのようだ。当時は、フィリピンやインドネシアから船で門司まで来て、そこから全国に運ばれていった。 バナナは本来熱帯性のもので、インド、中国、東南アジアの生産量が多い。アフリカでは主食にしているところもあるという。奄美や沖縄には島バナナがあるが、これはごく小さい実がなる。甘いが高い。奄美に行くとあちこちにある。一見、木のように見えるが多年草である。 (2019.11.30)

葱鮪(ねぎま)・なべ家

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 自宅近くに「なべ家」という老舗の料理屋があった。2,3年前に店をたたんでいまはない。4階建ての小ぶりのマンションになった。葱鮪(ねぎま)鍋と冬はフグが売りで、知る人ぞ知る店のようである。高いとの噂であるが、行ったことはない。主人は江戸前の正統板前だったという。廃業したのは、築地市場の豊洲移転騒ぎの中で旧知の仲卸が止めてしまったからだという。築地移転には、こうした知られざる余波もあったのである。  通りすがりにいつも見ていたところに突然空き地ができて、つい先日まであったはずのビルがどうしても思い出せない。田舎ではそんなことはないから、どうもこれは都会ならではの現象らしい。  鹿児島天文館のタカプラから永田シロアリありまでのビルが、いつの間にかなくなった。ホテルその他の複合施設になるという。初めて見たときに、巨大なシロアリの絵にはギョッとしたが、無くなると聞くと少し寂しい。 (2019.11.3)

コンビニ御三家

コンビニは、そもそもいつ頃からできたのだろうか。昔、アメリカ映画でセブンイレブンを見たから、アメリカ発のものだろう。日本で普及し出してから、せいぜい30年か40年なのではないか。いまや、すっかり生活の中に入り込んで、もはやコンビニがない暮らしは考えられない。若者がアパートを選ぶときに、コンビニが近くにあるかどうかが決め手であり、部屋代も違うらしい。  大手3社、つまり、セブンイレブン、ファミリーマート、ローソンが断然のシェアでしのぎを削っており、最近ますますその寡占傾向が強まっているという。  平成19年に鹿児島に転居した。セブンイレブンがなくて、何となく淋しい感じがした。その数年後には一気に出店攻勢が始まったのであるが。今年になって、沖縄にもついに出店したとのニュースを聞いた。意外にもまだなかったらしい。  北海道にはセイコーマートというコンビニチェーンが健在で、道内だけで1000店はある。大手3社も歯が立たないようだ。 (2019.10.5)

あんバタサン

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 土産物は、観光そのものより経済効果があるかもしれない。  数年前、北海道の総生産を調べた。道全体の総額が18兆円、農業が1兆円、観光は1・2兆円と農業より大きい。しかも観光には、チョコレート、クッキーなど土産物は入っていない。北海道の菓子業界は競争が激しく、次々と新製品が出る。最近は、あんバタサンなるクッキーが異様な人気である。すぐ売り切れて、なかなか手に入らない。  札幌の和洋菓子は、老舗千秋庵の一強であった。むかし、従業員が独立して帯広千秋庵を立ち上げようとした。開業直前、屋号使用にストップがかかり、つくったのが六花亭である。あっという間に本家を凌駕した。いまは、チョコレートのロイズに抜かれてしまったらしいが  鹿児島も芋焼酎がブレークし、黒豚人気もすっかり定着したようだ。年寄りにしろくまドロップを渡したら、たいへん喜んだ。また買おうと、鹿児島市内を探したが見つからない。どこで買ったのだったろうか。 (2019.9.1)

ハワイに行こう!

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 東京・大塚駅前でフラフェスタがあった。「フラ?」と一瞬思ったが、要するにフランダンス大会ですね。どうやら女性には根強い人気があるらしく、何十組が次々と登場する。50代、60代が中心のようだ。一見ゆったりした踊りがいいのだろうか。実際はどうなのか、踊ったことがないのでわからない。  鹿児島大学時代、奄美市の公民館を使って出張事業をした。講義に借りた部屋の横にフラダンス教室があって、ときどき練習風景を見ることになった。  フラダンスはハワイの伝統的な歌と踊りであるが、元々はタヒチなどポリネシア諸島から渡ってきたもののようだ。  「トリスを飲んでハワイに行こう!」は、昭和36年の寿屋(現サントリー)のPRコピーである。山口瞳がつくり、一世を風靡した。当時彼は寿屋宣伝部にいた。直木賞を取るのはこの2年後のことである。なお、昭和36年の日本人出国者数は14万人(現在は1800万人)、ハワイは遥かに遠い時代であった。  6月末、奄美にいた。飲み屋街のまん中でフラダンスを踊っていた。奄美でなぜフラダンスなのかは不明である。 (2019.7.31)