投稿

うなぎ

イメージ
 こう高くては、好きなうなぎも気楽には食べられない。このデフレ時代に1人前4千円超ではなぁ。近年の価格高騰は養殖用の稚魚=しらすうなぎの漁獲量が激減したからだという。そういえばニホンウナギが、環境省の絶滅危惧種に指定されたのは昨年のことだった。  何年か前に川内市の川内川中流?の料理屋にうなぎを食べにいったことがある。おいしかったが、あれは天然だったのかな。  熊本県人吉に有名なうなぎ屋があって、店の前まで行ったがついに食べずに終わった。人気店らしいが、予約は認めずとにかく並ぶしかないという。   若い頃、四国・四万十川の源流部に行って、アユやうなぎ、テナガエビなどをご馳走になったことがある。どれもたいへんおいしかった。水質が悪くなるとまずアユが消え、うなぎはしぶとく残るらしい。ここで食べたうなぎは間違いなく天然もので、じつに旨かった。    うなぎの生態はいまだに謎が多くよくわかっていない。深海で産卵し、川に戻って成魚になる。河口で獲ったうなぎの稚魚を育てるのが、うなぎの養殖である。  うなぎの出荷量は鹿児島が全国でもっとも多い。ついで愛知、浜松・静岡は4番目だ。  土用の丑の日、つまり7月下旬にうなぎを食べるのは、江戸半ばの本草学者で発明家、平賀源内のアイディアによると説があるが、どうだろう?   (2014.8.25)

路面電車

イメージ
   いま住んでいる南大塚の最寄り駅は、JR山手線の大塚である。めずらしいのは山手線と路面電車がクロスしていることで、山手線ではたぶんここだけだろう。  巣鴨とげ抜き地蔵などへ行くには便利だから、ときどき使う。乗ってみると素朴な味がある。客層はさすがに年寄りが多い。意外とスピードが出る。駅は当然路面にあって乗り降りも楽だ。  映画三丁目の夕日では六本木に路面電車が走っていた。あの映画は昭和30年代前半の東京が舞台だった。当時は東京の公共交通の主役は路面電車で、しかしいまは大塚を通る荒川線だけが残った。早稲田から三ノ輪まで、わずか12キロのみである。  札幌でも京都でもごく便利な乗り物だったが、京都は全滅した。札幌はそれなりに残っているようだ。まず車に追われ、次いで地下鉄など新しい交通機関に駆逐されていった。いま全国で残っているのは20路線足らずだという。もっとも最近では、温暖化、CO2削減の観点から見直されてきたようだ。富山市などでは市街地中心部の交通機関として積極的に活用しているらしい。  鹿児島が電車の軌道緑化を始めたのは平成18年、すでに約9キロ芝生が植えられた。温暖化防止効果もさることながら、見た目が涼しそうなのがいい。存外管理費もかからないという。 (2014.7.23) 鹿児島市電・軌道緑化

栗林公園

イメージ
  6月、ひさしぶりに栗林公園行った。20年ぶり、あるいは30年ぶりだったかもしれない。高松松平藩主が5代100年かけてつくったこの大名庭園は、さすがに落ち着いた雰囲気である。抹茶など飲みつつ眺めていると、じつにゆったりした気分になる。おおきな池に浮かんだ舟から見物している観光客がいた。これはむかしはなかったようである。島津から贈られたという巨大な蘇鉄があった。   高松市の中心部から車で10分ほどのところに屋島がある。若いころ、この山上に3年ほど暮らし、仕事をした。瀬戸内海国立公園の管理業務である。職員は1人しかいない。ヒマにまかせて?県立図書館に通い明治初めの栗林公園の成立事情など調べたりした。大蔵卿井上馨と県令の間で何度も手紙のやりとりがあり、払い下げられてようやく県管理の公園となった。   今年になって、文京区の六義園、銀座の先の海際にある浜離宮など、大名庭園をいくつか見て歩いた。それぞれ趣向があり、梅や桜の季節でもあったから、たいへん楽しい思いをした。浜離宮から、隅田川を上る船で浅草に戻った。    鹿児島の仙巌園磯庭園は、17世紀半ば島津19代藩主島津光久がつくった別邸である。日本の、大名庭園、回遊式庭園を代表する名園で、作庭技術もさることながら、庭から眺める桜島と錦江湾の風景が豪快である。庭園内に猫神社があって、写真を送ると飼い猫のお祓いをしてくれる。  (2014.6.30)

黒うさぎ

イメージ
 東京、麹町の「黒うさぎ」なる店に行った。前から気になっていたが偶然に。南島酒房とあるから、奄美関係の居酒屋だろうか。入ってみると奄美というより沖縄色が強く、店内に流れてるBGMはビギン(石垣島出身)の曲だった。場所柄なのかどうか、料理も野菜中心、都会風にアレンジしてあって、どうやら女性客を意識しているようである。豚肉、ゴーヤ、もずくはやっぱり出ました。最後は鶏飯、さすが「黒うさぎ」。これも少量、上品な味でした。   その近くに「やくしま」という料理屋がある。ここはまだ行ってないが、昼には弁当を売っていて、いつも客が並んでいる。写真を撮りがてら店の人に聞いたところでは、店自体は開業して30年になるが、現在の二代目店主は屋久島出身者ではないという。  「黒うさぎ」、「やくしま」とも、夜だけでなく昼食時もやっている。都心のオフィイス街の夜は人が極端に減るから、昼の営業は商売上の必然なのだろう。    上野駅の裏というか隣というか、最近建て替えた新しいビル内の居酒屋で飲んだ。上野駅周辺はここのところ再開発が進行中である。このビルもたしか聚楽第?とかいう、おそろしく古びたレストランがあったような記憶がある。  ビルの名前は「3153」、さいごうさんと読ませるらしい。場所は上野の西郷像の真下になる。 ( 2014.5.22)

猫シリーズ・その2

イメージ
 ペット本が売れているという。とくに犬や猫の本。やや猫本のほうが優勢らしい。この本の売れない時代に、公称100万部超だというからバカにならない。街で猫の絵付きバッグを持つ女性をよく見る。関連グッズもどうやら猫優勢のようだ。   旅行、街歩きのついでに、犬猫の写真も撮るが、猫はほぼ単独行動なので撮りやすい。犬はだいたい飼い主と散歩中だから、やや遠慮がある。いちいち断るのも大げさな気がするし。もっとも猫だって半数ぐらいはすぐ逃げてしまって、写真など撮らせてくれないが。   どちらかというと、古い一戸建てが密集した、下町風の路地の多い地域が、猫には暮らしやすいようである。年寄りが多いこととも関係しているだろう。漁村でよく見かけるのは、餌が豊富だからだろう。都市より農村、田舎に多いのは、住宅、庭が広いことが第1の理由でしょう。都会に比べて、人の心もたぶんおおらかなんじゃないかなぁ。   しばらく前、「猫の一年」という本を買ってきた。予想に反して、サッカー、それもワールドカップに関するエッセイ本だった。ワールドカップ・サッカーは4年に1度、猫の1年は人間の4年と同じ、ということからきた題名らしい。著者の金井恵美子は純文学作家で、相当本格的な猫好き、サッカー好きである。  わが家にも10年選手のオス猫と、まだ拾われたばかりのメス猫がいる。小さなメス黒猫のほうが断然強気で、いつも大男の茶虎を追い回している。 (2014.4.25)

桜2014

イメージ
 桜は2,3分咲きがいい。  今年の桜開花は例年通りで、3月末がピークのようである。昨日久しぶりに新宿御苑に行ったが、枝垂れ桜はほぼ満開だった。ソメイヨシノにはやや早く、まだ1,2分咲き程度であった。  札幌の友人からの情報によると、大通公園のクロッカスがようやく芽を出した程度だというから、桜はまだまだだろう。昨年はたしかゴールデンウイーク明けようやく咲いたような記憶がある。  大塚、自宅近くの桜並木はまだつぼみ状態、月末に咲くかどうか。この並木はけっこうな古木で、といっても4,50年生だろうが。今年のはじめに何本か伐採された。空洞などができて危険だということらしい。幕末につくられた園芸種・ソメイヨシノの、本当の寿命はまだよくわかっていない。  鹿児島では、空港への高速道路上から山桜が点々と見え出すと春である。これは3月初めで、甲突川沿いのソメイヨシノは3月半ばだっただろうか。2年前に鹿児島を出るときには満開だった。 (2014.3.28)

看板その2

イメージ
 自宅近くにこの天ぷら屋の看板というか店がある。少なくともこの10年はこの状態のままだ。10年以上前にこの天ぷらの値段だから、それほど安いというわけではない。その割りに店自体はいたって小さく、一種のテイクアウトの店だったのかもしれない。   そこから50メートルほど離れたところに、にきび薄毛しみ云々という看板がある。こちらも完全に廃業している。この字の感じはいかにもシロートが書いたとおぼしい。ここは元々美容室だったようだ。  平成2年に鹿児島に来て一番驚いたのは、このビル壁面の永田シロアリだった。シロアリ駆除の会社は九州のあちこちで見かけるが、ここは天文館の中心も中心、ほんとにど真ん中の場所である。シロアリがまたリアルで迫力がある。この一帯に再開発の構想があり、このビルも対象となっていると最近聞いた。そうなると、あれほど不気味に思っていたにもかかわらず、やや淋しいような気がしてくるから人間の心理は微妙である。   奄美・龍郷町の黒糖焼酎瓶が3本並んでいる眺めも独特だ。焼酎瓶の高さは数メートルはあるだろう。奄美空港から名瀬に向かうときには必ずこの焼酎瓶を見ることになる。これもインパクト十分である。  黒糖焼酎は米麹と黒糖を発酵させてつくるが、意外なことに原材料のコメはタイ米、黒糖は沖縄産のものを使う。奄美ではいまやコメはほとんどつくっていない。黒糖はもちろんたくさんあるが、税制上の措置、沖縄産黒糖との仕分けで、奄美生産分は加工用には使えないことになってるからだという。 (2014.3.11)

気温差30℃

イメージ
名瀬アーケード  3月8日、奄美で大雪にあった。とはいっても、奄美に雪が降ったわけではない。羽田空 港が積雪で閉鎖されて乗る予定の飛行機が欠航、帰れなくなったためである。奄美―羽田直行便は1日1便しかない。同じの運命の人たちはたくさんいて、空港内でなすすべもなくウロウロしていた。奄美空港での4時間待ちはキツイ。   2月1日まで札幌で、6日から9日までは奄美大島。気温差は30℃ぐらいあった。奄美に4日もいたのは、日本列島の大部分に降った雪のせいである。  今年の札幌は雪が多く、いつになく寒いとの事前情報であったが、雪はそれほどでもなくしかし寒さは厳しかった。国際的イベントである札幌雪祭り開催直前で、会場となる大通公園では自衛隊が雪像づくりに励んでいた。  札幌は鹿児島と縁が深い。というか、鹿児島が北海道開発をほぼ担ったといったほうが正確だろう。薩摩藩士黒田清隆は明治3年から北海道開拓次官、明治7(1874)年から15年までは長官である。大通公園6丁目には彼の像がある。  サッポロビールは、これも開拓使であった薩摩藩士村橋久成の主導で明治9年札幌にビール工場ができた。政府内では神奈川県立地派が優勢だったから、彼なしにはサッポロビールは存在しなかっただろう。当時の名称は「開拓使麦酒醸造所」といかめしい。  札幌の中心部にあり日本を代表する都市公園でもある大通公園は、佐賀藩士島義勇の構想したものだ。当時北海道開拓使判官だった。その後、佐賀の乱で江藤新平とともに斬首されたのは明治7年のことである。 (2014.2.17)

2014元旦

イメージ
 今年は新年の寺社詣でがいつにも増して多い。明治神宮など大どころの様子は確認していないが、手近で見たいくつかはかなり混雑していた。早稲田大学文学部前の穴八幡神社は毎年人気があり、今年もそうだった。自宅近くの天祖神社は、元旦の零時過ぎにはもう行列ができていた。巣鴨のとげ抜き地蔵も相変わらず盛況である。マスコミなどが伝える好景気の数字はともかく、世間はアベノ景気にいまいち実感がもてず、たぶん神頼みの気分なのだろう。  鹿児島時代もあちこちの神社に出かけたが、市内ではやはり照国神社の人出がダントツである。2,3年前の正月に川内の新田神社に行った。急な石段と楠の大木があって、神社らしい神社だった記憶がある。  さて、人気の穴八幡からほんの少し離れたところに北野神社があった。ごく小振りの神社で誰もいず、社務所が準備したお神酒も飲まれた気配がない。しかしこちらのほうが森閑として、なんとなく神社らしい。 (2014.1.9)

クリスマス模様

イメージ
  もう、クリスマスだ。ついこの間手帳とカレンダーを新しくしたような気がするのに。  街を歩くとイルミネーションが華やかである。一時地味になったように思うが、最近すこしもり返したようである。  もっともあんまり派手なのは趣味にあわない。前に、明治神宮前のケヤキ並木・電飾では反対運動がおきたというが、いまはどうなってるのだろうか。  銀座4丁目のミキモト真珠店では季節ごとに飾りを変える。桜の時期には本物を植えたり。クリスマス・ツリーも小振りでなかなか上品である。  日本橋高島屋のショウウインドウでは、トナカイが首を振っていた。  札幌の大通公園ではイルミネーションが。これはクリスマス用というより雪祭りその他冬の間用かもしれない。冬の雪国はなんとなく淋しいし。  鹿児島の中央駅前広場にツリーがあるのを見たことがある。年によってはなかったりするらしいが、今年はどうなんだろう。 (2013.12.6)