投稿

玉子塚

イメージ
 東京築地市場の近くまで食事に出かけた。少し時間があったので近くの波除(なみよけ)神社にいった。波除という名称は、おそらく江戸時代に埋め立てた土地だからだろう。  ごく小ぶりの神社の一隅に玉子塚なるものがある。玉子型の石に注連縄が捲かれていた。築地市場には全国から生鮮食品が集まるが、魚や肉ではなく「玉子」を祀るというのが面白い。魚や牛豚の鎮魂碑もどこかにあるのだろうか。  知らない町にいき、時間があるときには市場にいくことがある。名所旧跡を漠然と見るより、地域の気配がよくわかる。京都の真ん中に錦小路という有名な市場があるが、最近は観光客が溢れて商売はいまいちだと地元の人はぼやいていた。  鹿児島では中央駅前にある朝市によく行った。ごくせまい場所に、ごちゃごちゃと野菜やつけ揚げなどを並べていた。指宿方面専用の建物もあって、実エンドウ、花などを見た記憶がある。先日いったが、指宿専用はすでになく、一番大きかった市場は広い駐車場に変わっていた。 (2016.5.23)

阿蘇地震

イメージ
 一瞬、ぐらっときた。日比谷公園近くの、ビルの17階で食事中だった。時間は夜の9時半を過ぎたころである。大したことはないと思ったが、思えばこれが熊本地震だった。  阿蘇のカルデラの底に3年いた。平成7年から10年までのことである。当時は、環境省の九州統括事務所が阿蘇にあった。阿蘇神社は住宅から500メートルと近く、遊びに来た友人などとよく行った。熊本城の石垣が崩れたのにも驚いたが、阿蘇神社の楼門の崩壊はさらに衝撃だった。  平成5年8月6日の鹿児島水害のときは県庁にいた。旧庁舎に一晩閉じ込められた。阪神大地震は、環境庁の水質保全局にいて、対策や復興のいわば当事者でもあった。私の個人的体験だけでも、こうしてしばしば災害絡みであるのは、この国が災いかに災害大国であるかを示している。  東北大水害から1年半後に、宮城から岩手を見て歩いた。まだ災害が生々しくそこにあった。 (2016.4.28)

ハリガミ考現学

イメージ
 むかし路上観察学会というのがあった。路傍のなんのヘンテツもないものを探し出し取り上げて、みんなで議論して遊ぶ。意味不明のとにかく妙な看板を探すとか。事象へのユニークな視点に味があった。学会員は、芥川賞作家の赤瀬川源平、イラストレーターの南伸坊、建築史家の藤森照信などなど、そうそうたるメンバー、まあしかし冗談学会です。そのテーマのひとつに、南伸坊・ハリガミ考現学という、町中の不思議なおつに、南伸坊・ハリガミ考現学という妙な、しかし味があるハリガミを集めるというのがあった。たしか、厚めの文庫本になっていたはずである。  そう思って周りを見渡すと、自宅から駅までの、たかだか4,5百メートルの間にも結構あるもんです。普段はまるで気がつかないのだが… ①  焼き鳥屋の前にあった通告。しかし、いくら暑いからって、修理せずに店を休むかなぁ。流行ってたのに。 ②   スナックの募集ハリガミ。20から40歳とは、なかなかアバウトでいい。界隈にやや古い感じ(ママも?)のスナックが何軒かあるが、つぶれもせずに営業している。客層は不明。 ③  気がついたのは最近だが、やや古いポスターかもしれない。まだ、生きてるのかな、この内容。需給関係が怪しい気配である。詐欺の一種ってこともあるのか。 ④  行方不明の、たぶんまだ子猫。晩年の内田百閒に「ノラや」という随筆がある。可愛がっていたネコの「ノラ」がいなくなり、百閒が必死に探し回る。結局見つからない。 ⑤白くま・スムージー。白くまは、鹿児島が生んだ国際的?ヒット商品である。昭和25年に商品化されたらしいが、いろいろ進化してるようだ。 (2015.8.24)

純喫茶、和さんのこと

イメージ
 むかしはあちこちにあった「純喫茶」を、最近はさっぱり見なくなった。その理由の第1は、チェーンの安いコーヒー店が激増してからでしょうね。もっとも、純喫茶を駆逐したコーヒーチェーンも、コンビニの100円コーヒーに追い上げられているというが。純喫茶なるものを東京で探してみたが、隅田川を渡った東のはずれの道路沿いに1つ上野駅の裏筋に1つ、ようやく発見した程度でほぼ絶滅に近い感じである。  鹿児島では中央駅横にある「門」というのが近いが、この店には純喫茶の文字はない。そもそも「純」喫茶とは、アルコール類を出さない店ということだったらしい。女給付きカフェの全盛期は昭和初めだから、その頃純喫茶も出現したと思われる。いまもその定義が生きているのかどうかは不明であるが。  鹿児島環境学の事務を一手に引き受けていた和さんが、この8月で勤めてから丸6年の任期を満了し、今月いっぱいで辞めることになるらしい。事務だけでなく、環境学本に載せたデータの、とりわけ私の論文のかなりの部分は彼女の作業の成果である。奄美や徳之島のシンポジウムや、種子島の視察など、あれこれ一緒にやりました。和(にぎ)という姓は、彼女と知り合わなけれ多分一生知らなかっただろうなぁ。 (2015.8.17)

小豆島の猫

イメージ
 小豆島に三毛猫がいた。島の中央、中山地区にある千枚田という棚田を眺めていると、足元にじゃれついてきた。人間にかなり慣れているから、たぶん近くの飼い猫だろう。ここには棚田の他、農村歌舞伎も残っている。歌舞伎は、一昨年、東京の明治神宮に出張して演じたのを見た。東京小豆島会なるものの催しの1つだった。     東京大塚の自宅近くは猫が多い。この一帯は年寄りも多いので、その関係もあるのだろうか。あるいは都会は年寄りに限らず孤独だから、ペットに依拠する気分になるのかもしれない。自宅裏の道で、ときどき会う黒猫の兄弟がいる。半ば飼い猫なのかおっとりしている。大塚駅への道や、その反対方面のスーパーへの道に、飼い猫、半飼い猫を合わせて、延べ20匹はいると思われる。   東大前の本郷通に山猫軒というレストランがある。カレーが何種類かあり、スパゲッティもあったかもしれない。昼飯に手頃なので何度か行った。想像通り、宮沢賢治の童話からの命名のようで、店内にそれらしき絵が飾られていた。雰囲気は落ち着いていて、なかなか好感が持てる。  鹿児島大学に赴任してすぐ始まったのが、大河ドラマ「篤姫」(平成20年)である。たいへんな人気だった。平成2年に県庁に出向してきたときには、これも大人気の「翔ぶが如く」が放映中で、どうやらNHK大河ドラマと縁があるらしい。  (2015.7.3)

某月某日その3

イメージ
ざくろの花  ざくろの花が咲いた。やや濃い目のだいだい色で、小さな緑の葉が密集した木に咲く。花も小さく、秋になるとあの赤い大きな実がなるのが不思議である。日本には平安時代に中国経由で入ってきたという。近頃八百屋で巨大なざくろを見かけることがあるが、あれはカナダ産だったかな。 ライラック  ちょうど今ごろ、札幌ではライラックが咲く。これもたぶん北米から渡ってきたのだろうか。日本自生のものもあって、ハシドイという。北大植物園や、最近では札幌郊外にライラック公園なるものまでできた。それらを見るとじつにたくさんの品種があるようだ。本来北のものらしく、東京ではほとんど見かけない。 ほおずき市    7月は浅草ほおずき市だ。たしか7月の9日から10日だった。この日浅草寺にお詣りすると、1回で4万6千日分の御利益があるという。ほおずき市は全国あちこちにあるが、浅草がもっとも大規模で華やかである。浅草で売っているほおずきは、鉢植えが茨城、切り花は九州宮崎あたりから来るという。 口永良部島  6月初め屋久島に行った。屋久島の12キロ先にある口永良部島の新岳が大噴火して、137人の島民全員が屋久島に避難した。現地はマスコミが溢れて大変だった。今度の噴火では9千メートルの噴煙が上がったというからすごい。桜島の噴煙はせいぜい2千メートル、大きくても4千メートル規模だから、今回の噴火の大きさがわかる。もっとも7300年前の鬼界ヶ島海底火山の爆発では、30キロ南の屋久島はもちろん、南九州全域が60センチの火山灰に覆われたという。 (2015.6.10)

かごしま遊楽館

イメージ
 東京の有楽町にあるから「遊楽館」というのだろうか。場所がいいこともあって、鹿児島県の物産館、アンテナショップである「かごしま遊楽館」は大人気のようだ。近くに帝国ホテル、東宝劇場、霞が関の官庁街からも昼飯圏にある。  全国の県はだいたい東京に物産店を持っているが、見たところ、北海道がダントツ人気である。次いで京都、沖縄などの人気があるようだ。各県たぶん1ヶ所程度の出店だが、北海道はプラザはあちこちにある。震災後、最近とくに福島の観光、物産のポスターが目につくが、福島館はどこにあるのか行ったことはない。  遊楽館は1階が物産販売、2階が黒豚しゃぶしゃぶの店、3階が工芸品どの展示場となっている(らしい)。3階には行ったことがない。立地が抜群だからビルの賃貸料も高く(たぶん借りてるのかな)、最初に出店するに当たっては賛否があったというが、結果は大成功のようである。2階のしゃぶしゃぶ店は鹿児島の新興勢力で、鹿児島はもちろん、あっという間に全国展開した。何年か前、札幌駅ビルのレストラン街で偶然見かけ、驚いたことがある。  (2015.5.7)

屋久島財団寄付募集

イメージ
 昨年半ばから屋久島環境文化財団にかかわることになった。  で、今回のブログは、寄付募集の宣伝。  日本の法律もどんどん進化して、とくに寄付については税制がたいへん改善されてきた。欧米に比べても、税制上はいまやそん色ないまでになった。  屋久島の財団のように公益財団法人に寄付すると、アバウトに言えば、寄付した金額の9割ぐらいは戻ってくる。つまりふるさと納税と同じ仕組みですね。  行政や企業ではなく、屋久島財団にしかできないことは何だろうか。試案は継続中だが、今回は寄付募集のチラシを全国にたくさん配ろうという作戦。これは屋久島財団を、全国的に知ってもらうことも大きな狙いとしている。  いったいに日本社会は寄付に消極的だといわれている。あちらはキリスト教、利他主義の伝統が社会の根底にあるから等々諸説あるが、まあ、貧乏だったんでしょうね日本は、明治以来ずっと。しかし最近、私の関係している自然保護団体に、突然10億円の寄付があったりした。世の中、変わってきたのかもしれない。  (2015.4.6) ※関心のある方は下記リンクをクリック  公益財団法人屋久島環境文化財団 寄付フォーム https://www.yakushima.or.jp/fund_supply/fund_supply.php

富嶽三十六景

イメージ
 富嶽三十六景は、江戸時代の天才版画家葛飾北斎の代表的作品である。大波の向こうに見える小さな富士、などの大胆な構図は彼ならではのものである。  富士山には月見草がよく似合うといったのは太宰治。彼は山梨県天下茶屋滞在中に、黄色い月見草越しの富士を見て書いた。ただし月見草は薄紫の花で、黄色いのは待宵草(まつよいぐさ)である。どちらも明治初めに入ってきた外来種で、よく混同される。  最近は東京からも富士山がよく見えるようになった。冬は空気が澄んでいるせいか、とくによく見える。羽田空港行きのモノレールから、意外と大きい富士山を発見して驚くことがある。飛行機上から雲の上に浮かぶ富士山もまた、独特のものだ。富士山は日本でもっとも高い山で、標高3776メートルある。飛行機は1万メートル前後の高さを飛ぶから、富士山をはるかな高さから見下ろすことになる。  日本人は富士山が好きだ。これまでわが国の画家にもっともよく描かれてきた山は、断然富士山だろう。地域の山を富士山に「見立てる」ことはかなり昔から行われてきたようだ。この地域富士は、一説には400近くあるという。  (2015.3.11)

デフレの正体

イメージ
 アベノミクス効果とやらで、世間の一部は好況らしい。株価や求人の数字は好調だという。しかし末端ではまた別の、むしろデフレの継続ともいうべき動きがあるようだ。  近くの飲料自販機の値段はどんどん下がって、いまやコーヒー100円が普通になった。消費税増税でいったん上がり、130円や110円が見られたが、現在は100円域が拡大しつつある。自販機の値段は設置者と販売会社が相談して決めると聞いたことがある。  東京でのマッサージ店の増加は著しい。ストレスや運動不足で肩凝りが増えたのか、東京に特に多いように思える。これも最近60分3千円を切るところが出始めた。これまでの相場は1時間6千円超だから、ほぼ半額になったわけだ。  近くに指圧、マッサージの専門学校があって、生徒とよくすれ違う。ほとんどアジア系外国人で、なぜか日本人と白人は見あたらない。中近東系も近頃散見されるようになった。毎年数十人は卒業していくのだから、マッサージ店の競争は激しくなる一方だろう。  駅前には牛丼屋、中華チェーン店があり、ハンバーガー店も3つほどある。牛丼だと400円もかからずにとりあえず満腹になる。中華、ハンバーガーも安いものを選べば、500円で昼飯はすむ。先日行った屋久島の外食は昼でも800~900円が相場で、500円以下はないとのことだったから、大都会の方が選択の余地があるのも皮肉なことである。   (2015.3.4)