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東京タワー

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 東京スカイツリーができてから、東京タワーの人気が妙に出てきたようだ。昭和のイメージが、懐メロみたいでいいのか、強者、東京スカイツリーに対する判官贔屓(びいき)もあるかもしれない。なにせあちらは634メートルと倍近く高いし、発光ダイオードの電飾装置で自在に色を変えたりする。東京タワーは、元々テレビ電波塔だが、スカイツリーができてその機能はほとんど移管した。  あるとき、京都駅ビルに映る京都タワーを偶然発見した。古都らしからぬ異様な物だが、ガラスに映ると意外に絵になる。東京タワーのビル壁面ショットも、探したがこれが意外にむずかしい。ようやく先日、この写真が撮れた。  さて、鹿児島で似たものを探すとどこになるだろうか。最近天文館にできた「センテラス」は、キラキラした感じではないようだ。強いて言えば中央駅のネオン観覧車だろうか。素朴なネオンだが、却って飽きがこないのかもしれない。 ビル壁面に映る東京タワー 鹿児島中央駅・観覧車

スナック浮舟攻防戦

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 自宅から20メートルにスナック浮舟がある。経営者なのか、年齢不詳の女性がやっている。ときどき見かけるが、70才は超えているようだが定かでない。  コロナと前後してこの一帯は中小マンションの建設ブームで、いまもいくつか建設中である。東京は高層、重厚なビルが多いイメージだが、少し奥に入ると木造住宅が密集している地域がかなりある。江戸川区や足立区などに多く、新宿辺りでも裏側にはまだかなり残っている。  大塚周辺にも、戦前のものかと思われるような木造住宅があり。そのひとつが浮舟の入っている木造2階建てで、ついにマンション建設が始まるようだ。アパートの住人はすでに出てしまったが、ここは粘っている。毎日退去を求めるビラが貼られ、剥がして開店することを繰り返している。どこまで頑張るのか、密かに応援する気分である。 勧告書 スナック浮舟外観

使用前 使用後

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 むかし、雑誌などで「使用前 使用後」という広告をよく見かけた。化粧品、医療器具などだったかなぁ。いまだと、「コロナ前 コロナ後」だろうか。  少し前まで、老夫婦がやっている「勉強堂」という古めかしい洋品店があった。いつ間にか、麵製造会社のアンテナショップに替わった。  自宅の向かい、「よか晩や」というイモ焼酎が売りの小さなスナックも、最近店を閉めたようだ。カウンターだけのごく小さな飲み屋で、結構流行っていたようだった。コロナ休業だと1日休業補償が6万円、ひと月180万円店。店をやっているより収入は多かったとも考えられる。いかにも鹿児島出身者の店らしい風情で、気になっていた。自宅から20メートルと至近、あまりにも近過ぎるので行かなかった。なくなってみると、少し残念な気分である よか晩や 元洋品屋、いまは麺屋

並ぶ人

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 街を歩いていて突然行列に出会い、驚くことがある。だいたいは食べ物屋だ。たぶん、テレビかインターネットで紹介された店のようだ。並んでいるのは若者が多いが、結構中高年もいますね。好奇心なのかやっぱり味なのか。とにかく並ぶのが好きな人もいるかもしれない。  私の住む東京大塚には、「ぼんご」というおにぎり屋があって土曜日などは数十人が並ぶ。100人超というのも見たことがある。自宅近くのラーメン屋「鳴龍」も、最近2,30人が並んでいるのを見かける。だいたいが土曜日、ということは、遠くから来る人が多いということだろうか。  昨年鹿児島天文館の「すしざんまい」の開店日に偶然行き会ったが、20人以上いたかもしれない。むかし、やはり天文館にある「こむらさき」というラーメン屋は、いつも行列ができていた。最近はとんと見かけなくなった。 東京・南大塚のラーメン屋・鳴龍 鹿児島天文館・すしざんまい

天祖神社

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 大塚駅前の天祖神社、今年はいつになく人出が多いようだ。不況の時の神頼みというか、何とかコロナ自粛から脱出したい気持ちからかなぁ。大塚三業地、昭和の初めには池袋より栄えていたという。神社境内にある昭和25年の芸妓組合の写真を見ると、戦後もそれなりだったことがわかる。いまは微かに面影が残る程度ですが。  今年は寅年だった。千里を走るとか、勇壮な感じですね。子供の頃、虎とライオンはどっちが強いのかなどと悩んだことがある。どこかの動物園で間違って同じ檻に入ってしまった。ぜんぜん問題にもならず、虎の圧勝だったらしい。 大塚芸妓衆 寅印りんご

屋根ネコ

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 裏に空き家がある、ここ10年、誰も住んでないようだ。この空き家の屋根によくネコが来て寝ている。日当たりがよく安全なのだろうか。1,2年で来る猫が変わる。気分、あるいは縄張りの変化があるのかもしれない。最近はこのさび猫がもっぱらだ。朝の8時前には来ていたりする。 東京の真ん中でも、開発に取り残されてポツンと木造の家屋が残っていたりする。あまり小さい土地だと、開発もできないのだろうか。 コロナでまた、この辺りも変化しているようだ。個人営業の洋品店やクリーニング店、お好み焼き屋など、いつの間にかなくなって、マンション工事が始まっていたりする。 さびネコ 微妙な色、何年か前

およげ!たいやきくん

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 どういう加減なのか、ふと聞いた歌がアタマから離れないことがある。商店街などでスピーカーから流れてきたり、たまたま夜中にユーチューブでぶつかった曲もあるかな。短くて2,3日、長いと1週間ぐらい鳴り響いて、いつの間にか忘れてしまう。 とくにその曲が好きというのではないが、その曲が流行っていた当時を思い出したりもする。 最近では「およげ!たいやきくん」、これは前にもあった。沢田研二の「勝手にしやがれ」もある。脳のどの部分を刺激するとそうなるのかわからない。たいやき=1975年、勝手に=1977年。第1次と第2次の石油ショックの間の、世間が不景気な気分のときだ。私も高松の屋島でくすぶっていた記憶がある。 『勝手にしやがれ』沢田研二 たい焼きならぬ鯛(たぶん?)と猫

エスニック大塚

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大塚は池袋の隣だが、地価がやや安くて便利なのか、アジア系の人たちが多いようだ。ベトナム料理店は前からよく見かけたが、それ以外のアジア料理の店もたくさんある。スリランカ人の八百屋や、先日は中国語を大声で喋っている大工までいた。 コロナ休業が長引いて気力を失ったのか、人知れず止めてしまった店もいくつかある。老夫婦でやっていた衣料品店、改造工事中だったが、どうやらうどん屋になるらしい。 むかし、評論家の加藤周一は、日本文化の特色は雑種性にあると言って評判になったことがある。最近その雑種文化性、さらに加速してきたようだ。鹿児島は東京よりはるかにアジアに近いから、そのうち… 大塚駅北口、タイ料理店 インドは昔から中国に次いで多い

7月中旬奄美へ

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7月中旬奄美へ。梅雨も終わって晴れ、時々スコール。 暑さは東京よりやや楽なぐらいで、風は奄美の方が爽やか。 というか、東京はここのところ亜熱帯化してる気配。 オリンピック、コロナで毎日ドタバタしてるのも、暑く感じる原因なのかなぁ。こう日替わりで問題が出てくると、さすがにウンザリ。 コロナ、この1年間、同じことを聞かされ続けてるような気がする。 医療崩壊とか。 オリンピックもロゴ盗作騒ぎとか、思えばあれが始まりだった。 それにしても、権力中枢の誰にも歯止めというか、覚悟がないのが情けない。 もしかすると、これまで電通がすべて仕切ってたのか!? 7月半ば、奄美大島の猫 同じく、当地ナンバー

雨上がりの屋久島

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 屋久島に行ってきた。梅雨の最中だったがあまり降られず、ひさびさの屋久島を楽しんだ。日本庭園は緑が鮮やかになる雨の日がいいと言う。屋久島も雨の風情は捨てがたいものがある。動物もそう思うのか、島の西側旧西部林道にたくさん出てきた。ここのシカとサルは,いかにも仲が良さそうだ。ほとんど人を恐れる気配がない。森の中の動物たちの風景は幻想的であり、はるか昔の日本にタイムスリップしたような気分であった。中世のヨーロッパかもしれない。もっとも、ヨーロッパにサルはいないのであるが。  鹿児島発の飛行機はコウノトリ号だった。兵庫県の豊岡市にコウノトリ但馬空港があり、大阪から一度乗ったことがある。同じ飛行機が似た規模の空港に使われるようだ。しかし「こうのとり」って、こういう漢字だったのか。 (2021.7.5) 旧西部林道のシカとサル プロペラ機コウノトリ